私が病気と向き合うまで

決意・学んだこと

こんにちは、きろくです。

潰瘍性大腸炎になってから8ヶ月が経ちました。 最近、やっと発病前の生活に戻ったように感じます。

症状は始めの2ヶ月でだいたい収まったけれど、そこから半年かかりました。

逆に少し前まで、頑張りたいけど頑張れない、やるべきことはわかっているのにできない、そんな自分が嫌になる、という状態にいました。

今、家族に聞くと、「ずっと元気ないし、気づけば寝てるし、少し精神的に参ってたかもね」と言われるくらいには、沈んでいました。

潰瘍性大腸炎もしばらく落ち着いていて、大したことないのになんだこいつは、と思われるかもしれません。

でも同じ状態になって苦しんでいる方やその家族の方、そして自分のこれからのために、書き出しておきます。

なんでそうなったのか、どうやって整理をして抜け出したのか、そして今病気について思っていることを書いておこうと思います。

「私が病気と向き合うまで」

 

なぜ沈むか

バランスが崩れる

難病になって、体調は落ち着いてきても気持ちがなかなか戻らない、沈んだままになるのはなぜか。

私の体験から思うことは、今までのバランスが崩れるから。 正しい判断が、わからなくなるから。

これがきっかけだったと思う。

自分の扱い方がわからない間に気持ちは沈んでいって、気づけば自己嫌悪から抜けられなくなっていた。

例えば大学に行くこと。

今まで健康なときは、大学は学ぶために行くべきところだ・お金払ってるし行かなきゃいけない、という気持ちと、面倒だ・疲れているなどのマイナスの気持ちがぶつかって、大抵は行こうという気持ちが勝って、大学に向かう。

でも病気になると、行きの電車でトイレに行きたくなったら、行ったことによって疲れて体調崩したら、といったマイナスの感情が増える。

悪く言うと、今まで優先順位が高かったものを低くする、「真っ当な言い訳」ができてしまう。

そして、その言い訳が、自分の中であまりに強い。 それが、どれだけ重視すべきか、わからないから判断できない、どうしても重く考えてしまう。

病気によって、判断が今までとぐるっと変わってしまう。

抗う

体力がないから、びびって挑戦できないんだと思ったのが5,6月あたり。そこから、毎日腕立てして、ジョギングやウォーキングをし始めた。とにかく体力をつけて、自信をつけよう。病気に負けたくない。

結果、寝たきりで失われていた体力は回復し、筋肉もつき始めた。弱っていた状態から、体がいい方向に向かっていくのが目で見てわかったため、相当な自信になったと思う。ちなみに、体力づくりは今も続けている。

7月には、やってやろうと決心して、夏期講習に1日7コマを1ヶ月続けた。体調を崩さずやりきった。確かに自分の自信になって、病気でもがんばれるんだって思えた。嬉しかった。

9月から、もう自分は復帰できるって思っていた。

 

気持ちが沈んでいく

体を鍛えたことで体力が戻ったし、夏期講習やりきれた自信もあったのに、日常生活からあまりに離れたせいで、もとの生活に戻ろうと思ってもなかなか勇気が出なくなっていた。

できる、と思っていたのに、できない。

家とバイトで自分なりに戦っていたから、その他の社会との関わりがほとんどなかった。

体は元気になってきたのにもとに戻れない矛盾は、モヤモヤと溜まっていく。 そこでえいやって戻れればよかったけど、「また体調崩したらどうしよう」とか、「病気と知っている周りは、今まで来てなかったのに復帰したらどう思うだろう」とか、いろんなことがつっかかって、前に進めなかった。社会に戻れなくなった。

自分が頭ではわかっている優先順位どおりに、心と体が向かわない。

それから私は、本来であれば研究室に行ったほうが設備が整っているのに、「家で研究するほうが体調面に優しいはずだ」と考えて、家での研究生活を選択した。

でも、病気のことが気になって研究には集中できないし、なんだか疲れて日中すぐ寝てしまうし、ちゃんとできない。自分が嫌になった。

研究室のプロジェクトを降りて、自分の研究すらちゃんとできない自分。 毎日一生懸命、研究に向き合っている研究室のメンバー。 申し訳なくて、会うのが怖くなった。研究室に、どうやっても行けなくなっていた。

潰瘍性大腸炎の症状はほとんど出ていないからこそ、自己嫌悪がたまって、気力がなくなる。また、さらにできなくなる。どんどん沈んでしまう。

自分を嫌いになることを、少しずつ毎日続けている感覚だった。

私にとっては、研究室に行けず研究に向き合えないことが、病気を克服できずに止まっていることの象徴だった。

「病気だから」という言葉の怖さ

「病気だから」という言葉は、恐ろしい言葉だと思う。 言ってしまえば日々が闘病である私にとって、生活すべてに病気は絡んでいる。考えようと思えば、どんなことでも「病気だから」という理由が自分の中では成り立ってしまう。

そして、病気自体のやばさ、でかさがよくわからないと、「病気だから」を正しい理由として使えているのか、言い訳にしているのか、判断できなくなる。

「病気だからしかたない」、「病気だからやめておく」とどんどん私をしばっていく。

そうすると、どんどん悲しくなる。前を向けなくなる。

どうやって抜け出したか

少し抜け出す

少し抜け出せたのは、今苦しいのは、結局何ができてないからか、それはなぜか、を整理してからだったと思う。

私が苦しいのは、研究に向き合えてないから。 それは、研究室に行けなくなったから。 何で行けなくなったか、それは、

と、自分のなかを掘ってみた。

じゃあ、研究室に行ければ、今の自己嫌悪の状態を抜け出せるかもしれない。

研究室の同期に謝って、Twitterで行ってみるって宣言して。

行くための障害をなるべく取り除いて、行くしかない状態にして、1日行ってみた。

なんと、きちんと自分のなかのモヤモヤに向き合って、立ち向かってみるまでに半年かかってしまった。

完全にふっ切れたタイミング

復帰してすぐ、病気についての迷いが吹っ飛ぶ出来事があった。 それを体験した私は、たぶん、幸運だったと思う。

体はよくなってきているのに、気持ちが沈んだままの私を、感覚としては、思いっきりぶん殴ってぐいっと持ち上げてくれた人がいる。

「優先順位がおかしい」

「病気がどのくらい悪いかわからないけど、やるべきことから逃げている」

「そんな状態、全く魅力的じゃない」

 

言ってくれた恩人は、私から離れてしまったけど。

 

きっとこれを言ってくれる相手は、家族だと感情的になって嫌だし、他人だと響かない。

信頼していて、客観的な視点を持っている人からの言葉だったから、きつかったけど前を向けた。

あのとき、ビシッと言ってもらってなかったら、いつまで止まっていたかわからない。

やっぱり感謝しかない。

失ったもの

自分への戒め、教訓として書いておく。

とにかく一番は、大切な人が私から離れていった。3年も一緒にいて家族みたいに思っていたから、とにかくきつかった。このままじゃだめだって、強く思った。病気で止まっていたら、大切なものを失う。

あとは、自信と時間。特に時間は取り戻せないけど、なかなか前を向けなかった自分を変に否定したくないし、自分なりに必要な時間だったと思う。これから進むしかない。

今、心がけていること

今は、家族には「正気に戻った」と言われるくらい、まともになった。体力は鍛えているから戻っていたわけで、後は気持ちの問題だった。病気になる前の生活を、体調を崩さずに続けられている。できている自分が嬉しい。

自分が自分を好きでいられる行動をすること。 いいじゃん私って思えるように過ごす。

後で、ああだめだな自分って思うのが、一番自信とやる気を奪って、自己嫌悪に入っていくから。

病気を受け入れる・向き合うとは

よく聞く「病気を受け入れる」ってなんだろうとずっと思っていた。

病気であることを受け止めて、できなくなったことを知って、ある種「諦める・限界を知る」というような、悔しいけど少しネガティブなものだと思っていた。 今はできなくて嫌な気持ちになるけど、いつかはそれを受け入れるのかなって。

でも私は弱いから、病気だからって思い始めると、いろんなことを諦めていってしまう、気持ちまで弱ってしまうってこの半年でよくわかった。

受け入れるって言葉を、なんとなく向き合うに変えたい。

病気と向き合う。

今思うのは、病気でできなくなったことを知った上で、気持ちまで病気にならないこと。 病気に振り回されずに生きること。自分を諦めないこと。病気でも、自分なりに戦っていくんだと腹をくくること。

半年前に、ブログを読んでメッセージをくれたフォロワーさんがいる。初めてコメントをもらったから、とにかく嬉しかったのを覚えている。

「難病持ちを前面にだすといきずらくなる。持病があるのと持病に振り回されている2種類の人間がいるけど、記録さんは前者ですね。」

初めは、難病を隠して生きたほうがいいですよっていうアドバイスかと思っていた。

でも半年経った今、やっと、いただいた言葉の意味がわかった気がする。難病を前面にだすと、自分の気持ちが弱っていく。気持ちまで病気になっていく。病気に振り回される。体験してみて初めてわかった。 とってもいい言葉をいただいていた。

この半年は、たぶん必要な時間だったと思う。

今後、体調がどうなるかなんてわからないけど、病気に振り回されずに、強く生きていきたい。